カウンセラーはもちろん、看護や介護などの医療や社会福祉の専門家にとって、クライアントや患者の話を傾聴する技術は非常に重要です。しかし、傾聴の実践はあまりにも簡単です。話を聞くだけでしたら、誰でもすぐにはじめることができてしまいます。
では、卓越した傾聴の実践とそうでない傾聴にはどのような差があるのでしょうか。本記事では、傾聴の偉大な実践事例から、卓越した傾聴に必要な条件を考察します。
偉大な傾聴の実践については、マーチン・ピストリウス氏のTEDスピーチが深い洞察を与えてくれます。
偉大な傾聴の実践、ロックドイン症候群患者の実例
偉大な傾聴の実践について、話をすることができないロックドイン症候群の患者を救った、アロマセラピスト・ヴァーナ氏の気づきのエピソードがあげられます。
1990年後半に、12歳の少年だったマーチン・ピストリウスが、ゆっくりと意識を失い植物状態となり、介護施設で過ごすことになりました。16歳で意識を取り戻しましたが、目を除いて全身が麻痺しており誰にも気づかれることはありませんでした。
意識があるのに伝えることができない虐待の日々
マーチンはその介護施設で、肉体的、性的、そして言葉による虐待を受けることになります。施設の介護士たちは、マーチンのことを目は開いているが何の感情もない「ただ生かされている人」と思っていたのです。
両親もマーチンが意識を取り戻したことに気づくことはできませんでした。また、両親は長年の介護疲労と息子を失った悲しみで、頻繁に激しい口論をするようになっていました。そしてある日、激しい口論の末に母親がマーチンを振り返り「あんたなんか死んでしまえばいい」と言う言葉を聞いてしまいます。
マーチンはこの言葉に大きなショックを受けましたが、それと同時に母親への深い哀れみと愛情を感じることができたと言っています。しかし、そのことすら誰にも伝えることができません。そして、気づかれることもありませんでした。
ヴァーナ氏による傾聴の奇跡
あるとき、介護施設に週に1回、アロマセラピストが来るようになりました。1人のアロマセラピストにより、マーチンの人生は大きく変わります。マーチンの担当セラピスト・ヴァーナ氏は、その卓越した観察力で、マーチンがヴァーナ氏の言葉を理解していることに気づきました。
ヴァーナ氏はマーチンの両親に、拡大・代替コミュニケーションの専門家に検査をしてもらうように勧めたのです。検査の結果、ようやくマーチンの意識が回復していることが、医学的にも判明することになります。
ゴーストボーイからの回復
意識の回復が確認されたマーチンは懸命にリハビリに臨み、1年も経たないうちにコミュニケーションのためのソフトウェアを使いこなせるようになります。そして、24歳のころから脳の機能が回復しはじめ、少し体を動かせるようになりました。
現在では、夢だった愛犬を飼い、結婚をしてイギリスで生活をしています。自らの口で語ることは今でもできませんが、自分の変わりに話してくれるソフトウェアを使用して会話をすることができます。そして、大学を卒業し、会社を経営する個人事業主にもなりました。
ロックドイン症候群の事例から学ぶこと
言葉を話すことができなかったマーチンの気持ちを感じ取った、ヴァーナ氏の偉大な傾聴の実践といえます。二人は言葉を介していませんが、これを傾聴の極意と言わずしてなんと言いましょう。
マーチンに意識があることに気づいただけでなく、彼に必要な専門家を両親に紹介している点も、偉大なソーシャルワークの実践とも言えます。
この事例より、卓越した傾聴の実践には、少なくとも卓越した注意力が必要なことがわかります。ここでは、カウンセリングと社会福祉の観点から、カール・ロジャーズにならって、卓越した注意力を発揮するために必要な、社会福祉に携わるための傾聴の3つの基本的態度を提案します。
1. 思い込みに影響されないこと
介護士のアセスメントや医師の診断結果があるがために、患者が長い間、植物状態であり、意識を取り戻すことがないと思い込んでしまっては、気づくことはできないでしょう。自身の目で観察することが大事であるといえます。
2.心で感じ取ること
マーチンは意識はあるけれど、眼球を除いてそれを表現することができませんでした。話をすることはできませんが、マーチンの感情はたしかにそこにあるのです。それは、見えないかもしれないし、聞こえないかもしれない、そういったものを感じ取ろうとする態度が重要になります。
3.相手の幸せを願うこと
相手の幸せを願う心がなければ、どんなに接する機会が多くとも、回復の兆しを見逃してしまうことでしょう。また、幸せを願う気持ちがあれば、施設の介護士のように虐待をしてしまうことを防ぐこともできるもしれません。
まとめ
卓越した傾聴の実践につながる、社会福祉に携わるための傾聴の3つの基本的態度を提案しました。
- 思い込みに影響されないこと
- 心で感じ取ること
- 相手の幸せを願うこと
カウンセリングの技法をいかに使いこなせたとしても、態度が誤っていれば悪い結果を強めてしまいかねません。そもそも、社会福祉の現場では、カウンセリングの依頼というフォーマルな形をとらないかもしれません。
思い込みに惑わされずに、相手の幸せを願い、心で感じ取ることの実践が、卓越した傾聴に繋がると考えます。
参考

マーティン・ピストリウス
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